【おすすめ純文学】中村文則『銃』衝撃のデビュー作【新潮新人賞受賞作】
こんな文学を読んだことがあるか?
恐らく現代文学では異質な作風で、だからこその衝撃なのである。
内容は青年が偶然にも拳銃を拾って、そこから青年の日常が徐々に狂い始める。
拳銃を所持することによって生じる青年の苦悩を描くという、なんとも一昔前の文学の匂いは懐かしくもあり、やはりこういう作品が好きだという再確認でもある。
是こそ文学であり、文学の面白さを改めて気づかせてくれた作品。
『銃』、それでは。
中村文則『銃』
雨が降りしきる河原で大学生の西川が出会った動かなくなっていた男、その傍らに落ちていた黒い物体。圧倒的な美しさと存在感を持つ「銃」に魅せられた彼はやがて、「私はいつか拳銃を撃つ」という確信を持つようになるのだが…。TVで流れる事件のニュース、突然の刑事の訪問―次第に追いつめられて行く中、西川が下した決断とは?新潮新人賞を受賞した衝撃のデビュー作。単行本未収録小説「火」を併録。
降雨の中、河原の橋の下で雨宿りをしていると、少し遠くに黒い物体が転がっているのが見えた。
黒い影に近づいてみると、それは人間であり、こめかみから血が噴出しているのが確認できた。
そして少し離れたところに銀色に輝く「銃」が転がっていた。
主人公の「西川」は「銃」を見て、その圧倒的な美しさ、存在感にすべての意識が吸い込まれていった。
西川は、それが犯罪であることを承知の上で拳銃をポケットに詰め込み、盗んでしまう。
その後、彼は拳銃の魅力に憑りつかれたように、日常を拳銃中心に活動し、拳銃を愛でることで自身の精神が安定していることを自覚するまでに至った。
今まで面倒だった大学でさえ拳銃を所持したことで、快く大学に赴く気になり、レポートも率先して書くようになった。
彼の生活に拳銃が加わることで彼の日常はなんと幸福なものになっていった。
しかしある時、いやそれは「銃」を所持してから沸々と湧き上がる情動だった。
彼はいつしかこの「銃」を撃つという確信を持ち始めていた。
そして遂に撃ってしまった。
真夜中の公園で、片腕を失ったネコ。
拳銃を構えるとガタガタと震える手。しかしその情動は止められなかった。
銃弾を発射した直後にやっと周りを確認する西川。
しかして数日後、彼のアパートに一人の刑事が訪れた。
銃声が鳴ったという通報があり、目撃証言としてその夜、ポケットに片手を突っ込み、笑いながら走っていた西川をコンビニ店員が見ていたのである。
証拠は何もない。しかしその刑事は十中八九、犯人は西川であり、そして先日の河原での事件も殺人ではなく、誰かが拳銃を持ち去っただけだと推理し、西川と繋がりがあるのでは、と睨んでいる。
証拠はなく、忠告をするだけにとどまった刑事。
西川は刑事の忠告を理解しながらも、次は人間を銃で殺害するんだという欲求を止められないでいた。
果たして彼が下す結末とは?
読んだ感想
最初の文から引き込まれる作品。
昨日、私は拳銃を拾った。あるいは盗んだのかもしれないが、私にはよくわからない。これ程美しく、手に持ちやすいものを、私は他に知らない。今まで拳銃に興味をもったことなどなかったが、あの時私は、それを手に入れることしか考えることができなかった。
気付いた方もいるかもしれないが、カミュの『異邦人』冒頭の文「きょう、ママンが死んだ」を彷彿とさせる一文にハッとさせられる。
まずここから私はもう魅了されていたのかもしれない。
そこから紡がれる西川の物語はなんと冷徹な狂気に満ちたことか!
これは人間を描いた作品でなく、人間の皮を被った狂気を描いた作品なのだろうと感じている。
西川は表面的にはいたって普通の大学生として存在している。
しかしその内面は理解などできない思考回路、そして感情の連続であった。
だが、いつしかそれは共感にも似た理解へと繋がり、徐々に西川という人物に好感を覚えてきてしまう。
なんと危険な小説だろうか。
これはフィクションであり、自分が実際にこんなことを行わない自信はある。
しかしまたこれを読み返すと、私はもしかしたらこの同じ状況で彼と同じ行動を辿るのではないか、と不安が去来する。
それほどにエネルギッシュに、私たちを惑わるパワーがこの作品には内包している。
文学のまた一つの特異点だと個人的に思っている。
是非、ご一読をお勧めする。
最後に
同収録の『火』という小説も可笑しく、狂気的な作品である。
終始、私はこれを理解したくないと思えるほどに恐怖に包まれた、ある一人の女性についての物語だった。
是非こちらも。
それでは今回はこの辺で。