かぴばら先生は語る

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【おすすめミステリー】井上真偽『その可能性はすでに考えた』新時代の名探偵!

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先日は青崎有吾の「裏染天馬シリーズ」を紹介した。

この作品ではエラリー・クイーンを彷彿とさせるロジックな推理が魅力的だった。

あらゆる可能性を提示して、それを論理的に少しずつ減らしていく。最後に残った可能性が真実として浮かび上がる、というミステリーのお手本のような推理描写だった。

kapibarasensei.hateblo.jp

 しかし今回紹介する『その可能性はすでに考えた』では、同じ論理的推理のもと謎を解き明かしていくのだが、その謎解きをする探偵役が一風変わっている。

つまりは、その探偵はその謎が奇蹟であることを証明するために推理をするのである。

あらゆる可能性に関してはすでに考えており、それら可能性をすべて排除したときにその謎は奇蹟たり得る。

奇蹟を求めるための推理。

ここが今迄の探偵とは異なる部分であり、根本的にそれは探偵なのか? という疑問にもつながる探偵役である。

探偵の名は上苙丞(うえおろじょう)

井上真偽『その可能性はすでに考えた』

その可能性はすでに考えた (講談社文庫)

その可能性はすでに考えた (講談社文庫)

  • 作者:井上 真偽
  • 発売日: 2018/02/15
  • メディア: 文庫
 

山村で起きたカルト宗教団体の斬首集団自殺。唯一生き残った少女には、首を斬られた少年が自分を抱えて運ぶ不可解な記憶があった。首無し聖人伝説の如き事件の真相とは?探偵・上苙丞はその謎が奇蹟であることを証明しようとする。論理の面白さと奇蹟の存在を信じる斬新な探偵にミステリ界激賞の話題作。

 探偵事務所を営んでいる上苙丞と、上苙に多額の金を貸しているフーリン。

二人が借金について話し合っていると事務所に一人の若い女性が訪れた。

女性の名は渡良瀬莉世(わたらせりぜ)

渡良瀬の依頼は自分が人を殺したか否か、幼い記憶をもとに推理してほしいというモノだった。

上苙は依頼を受け、事件を調べた。

そして遂に依頼人への報告の日。

上苙は分厚い紙束を見せ、この報告書にすべての可能性を検証した旨を伝えた。そしてその結果……

これは奇蹟だと宣言したのである!

しかしその後現れるあらゆる論客たちによって、

推理に見落としはないか?

この可能性は考えたのか?

という推理バトルが繰り広げられます。

まさしく推理合戦の応酬。

ライトな文体で理詰めの推理の連続。

読みやすくも、頭を使う推理描写が多く、読み応えのある推理小説になっている。

首切り殺人

渡良瀬の家族は10年以上前に山奥の宗教団体が暮らす村に住んでいた。

そしてそこで33人の信者が集団自殺をした。

地震が起き、滝が枯れ、それを世界の終わりの予兆として教団の教祖は唯一の逃げ道を爆弾で封鎖。

そして信者の首を次々に斬りおとしたのである。

その事件で唯一の生き残りが依頼人の渡良瀬莉世。

渡良瀬は間一髪のところで「ドウニ」という少年に助けてもらい、そこで意識が途切れてしまった。

曖昧な記憶だが「ドウニ」に抱えられて逃げた記憶があるのだが、意識が戻った時には祠の前で「ドウニ」の生首と胴体が切り離された状態で転がっていたのである。

その現場だけ見れば犯人は渡良瀬莉世しかありえないが、あらゆる状況を鑑みれば、渡良瀬には犯行は不可能だと上苙丞は判断する。

では誰がドウニを殺したのか?

渡良瀬とドウニ以外の信者は外から施錠された拝殿に閉じ込められていた。

やはり渡良瀬莉世が殺したのか?

凶器であるギロチンの刃とドウニの胴体は重く幼かった渡良瀬莉世では運べるはずがない。

そしてドウニを殺した理由・動機は何か?

主に以上の3つが謎の中心である。

現れる論客たち

以上の点から上苙丞はこの事件を奇蹟だと断定した。

しかしそれに反論を提示する宿敵たちが上苙の前に立ちはだかる。

元検察官の大門(だいもん)

フーリンと何やら因縁がある中国人女性、リーシー

かつて上苙丞の助手を務めていた小学生、八ツ星聯(やつほしれん)

そし黒幕の……

この勝負は一見して分かる通り論客たちの方が有利なのである。

論客はバカみたいなトリック、つまりバカミスと言われるとんでもトリックを言っても良い。

偶然が重なった事件だ、と述べてもいいのだ。

しかしそれに対して上苙丞は一つ一つ論理的説明のもと可能性を潰さなければいけない。

偶然というのは何百回失敗しても、その時の1回が成功したらという仮説もありなのである。

上苙丞はそんなトリックでさえもその可能性が絶対にあり得ないという証明をしなければいけない。

推理をする探偵ではなく、推理を否定する探偵なのである。

ある意味では多重解決のミステリーとも呼べるだろう。

ここがこの作品の見どころである。

読んだ感想

この作品は既存のミステリーの定型である、驚くべきトリックを見つけるというところに魅力を置いていない。

あらゆる驚くべきトリックに対して、それは絶対にあり得ないと証明する、その否定的推理描写に魅力が詰まっているのである。

『毒入りチョコレート事件』という海外小説があるが、この作品では推理合戦、多重解決型ミステリーの金字塔を打ち立てた作品として有名だが、この作品の一番の妙は、

最後の最後で結局明確な正解を提示しないことである。

たぶん、おそらく、こういう真相なのではないか、と分かるには分かるのだが、結末部分で明確にはこの真相を言及していないのである。

と言っても結末で驚くべき事実が発覚したことには変わりがないので、是非一度こちらの作品も確かめてほしいのだが。

この作品でも似たような手法をとりながら、やはり探偵役である上苙丞の今までにない探偵像がこの作品の面白さを加速していることは事実であろう。

現実に推理できることを否定し、それが森羅万象、奇蹟であることを探求する探偵など聞いたこともない!

しかして、だからこそ彼には奇蹟を見つけてほしくなってくる。

彼の奇蹟への情熱は上記で述べた論客たちとの戦いにも表れている通りに本物なのである。

そんな情熱にいつしか私は魅せられていたのかもしれない。

とんでも推理を披露する論客たちとそれを鮮やかに否定する上苙丞の激突。

あらゆる方向からの多種多様の推理に、いつしか読者は頭を使い過ぎてパンクしてしまうかもしれないが、最後の最後まで目が離せない作品になっている。

そして結末へと収束していく真実は今までの驚きをもさらに超えたラストになっている。

是非、自分の目で確かめてほしい。

最後に

前回は青春。今回はミステリーと宣言通り作品の色を変えてみた。

次はまたしてもミステリーか? 純文学か? 青春か? それとも、他に何かあるのか?

まだ自分でも決めていないので、何になるのか私も予想がつかない。

さて何を紹介するか。

それではこの辺で。

その可能性はすでに考えた (講談社文庫)

その可能性はすでに考えた (講談社文庫)

  • 作者:井上 真偽
  • 発売日: 2018/02/15
  • メディア: 文庫